自然保護関連

自然保護に関する問い合わせ

自然保護に関する問い合わせは、自然保護専門委員にお願いします。


自然保護専門委員会・総会議題申請手順(特に要望書)について

 自然保護要望等の議案を、地区会経由で自然保護専門委員会(以下、自然保護委)・総会に提案を希望する場合には、地区会への議案提出に関して以下の点に注意ください。

 自然保護委における議題は相当数あり、提出された資料に基づき、事前に議題とするか否かを検討しています。その検討期間は、数か月を要するのが普通です。したがって、通例では全国大会前日に開かれる自然保護委で議題とするには、その数カ月前には地区会から議案を提出せねばなりません。一方、地区会から全国大会に提案する議案は、地区会総会の承認を必要とします。したがって、本大会が3月に開催される場合には、前年の12月には、地区会から自然保護委に議案を提出せねばなりません。地区会での審議期間を考慮するならば、自然保護委の開催される半年程度前には、地区会へ議案についての打診をお願いします。緊急を要する議案については、この限りではありませんが、自然保護委において審議不十分につき議案の採決が保留となることもあるため、入念な準備をお願いします。なお、これまでより円滑な議案の提案を図るために、地区会では、規約の改正も検討中です。

 現在、各地で様々な自然保護問題が起こっており、それらのすべてに日本生態学会が対応することは現実的ではありません。自然保護委では、保護の「全国レベルでの必要性」と「学術的な根拠」を採択の基本として考えていますので、この2点に注意して、議案・資料の作成をお願いします。

 以上、よろしくお願いします。 


要望書・意見書

苫東厚真風力発電事業計画段階環境配慮書に対する意見書

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令和 2 年 6 月 25日

Daigas ガスアンドパワーソリューション株式会社

代表 後藤 暢茂 様

一般社団法人日本生態学会北海道地区会

会長 工藤 岳

 

(仮称)苫東厚真風力発電事業計画段階環境配慮書に対する意見書

 

 苫小牧市東部から厚真町・むかわ町にまたがる勇払原野は、ラムサール条約登録湿地であるウトナイ湖を含み、ウトナイ湖・弁天沼を含む西側と入鹿別川から鵡川流域に至る東側の二区域が重要野鳥生息地(IBA)および生物多様性の保全の鍵になる重要な地域(KBA)に選定されている。これら選定区域は、動植物の重要な生息地として国内外に認知されており、その隣接地域にも自然度の高い湿原、草原、湖沼等がまとまって存在し、選定区域と連続した多様な動植物の生息地となっている。(仮称)苫東厚真風力発電事業は、このような保全上重要な生態系を大規模に改変するものであり、この地域で長年保たれてきた動植物相にもたらす影響が極めて強いと予測される。そのため、現在計画されている苫東厚真地域における風車の建設を再考するよう、下記の通り要望する。

 

 

事業実施想定区域の生態学的重要性

 以下で述べる通り、本事業実施想定区域(以下、計画用地)は生物多様性保全上の重要度が高いので、風車建設地として不適切である。

  1.  計画用地の大部分が、湿原(合計約72ha)と長さ約3㎞に渡る海浜草原を含む自然・半自然草原(合計約390ha)といった自然度の高い土地利用に占められている(Senzaki & Yamaura 2016; Kitazawa et al. 2019 を基に計算)。特に、計画用地内の湿原面積は、弁天沼東側の湿原面積(約70ha)に匹敵し、勇払原野東部では最も大きい。明治以降、自然湿原は石狩平野では99%以上、勇払原野では約83%が開発により失われた(国土地理院)。計画用地は、石狩低地帯からはほぼ消失した湿原と自然・半自然草原が大規模に現存する道央圏の希少地域である。
  2. 計画用地は、勇払原野の中でも有数の希少種・絶滅危惧種の生息地である。鳥類では42種類の北海道レッドリスト掲載種が確認されており、そのうち12種類について繁殖が確認されているか繁殖の可能性が高い(日本野鳥の会)。中でも、チュウヒ(環境省レッドリスト絶滅危惧IB類・国内希少野生動植物)は、2012~15年に行われた調査によると、計画用地内の西部、中央部、海岸部およびその近傍の複数湿原で毎年平均6.75つがい(範囲6~8つがい)が繁殖しており、毎年平均5.25羽(範囲2~9羽)の雛が巣立っている(Senzaki et al. 2015; Senzaki et al. 2017を基に計算)。これらの数値は、計画用地に隣接するIBA・KBAはもとより国内でも他に類を見ないほど高く、計画用地が国内における本種の最重要繁殖地であることを示している。また、近年は海岸部の湿原へのタンチョウ(環境省レッドリスト絶滅危惧II類・国内希少野生動植物種・特別天然記念物)の渡来が相次いでおり、2017年には繁殖が確認されている(日本野鳥の会)。さらに、計画用地には、近年激減している日本固有亜種・アカモズ(環境省レッドリスト絶滅危惧IB類)の勇払原野に残された最後の繁殖地があり、バードストライクの懸念があるオオジシギ(環境省レッドリスト準絶滅危惧種)も多数繁殖している(日本野鳥の会)。哺乳類ではカラフトアカネズミ、ヒナコウモリ科コウモリ類(ヒナコウモリまたはヤマコウモリ)など、節足動物ではアオヤンマ、マダラヤンマ、ゲンゴロウ等の北海道レッドリスト掲載種が生息している(Senzaki & Yamaura 2016; 日本生態学会北海道地区会 未発表)。

 

本事業計画の問題点

 本事業の計画段階環境配慮書(以下、配慮書)には、以下の通り重大な問題点があり、再考が必要である。

  1. 第一の問題点は、配慮書では計画用地における風車建設とその関連工事が野生生物に影響を及ぼすことが予測されているにもかかわらず、その対策と効果についての具体的な記述が全く欠如していることである。計画用地は、周囲を二つのIBA・KBAに囲まれており、西側のIBA・KBAとの最短距離は2㎞未満である。専門家へのヒアリングでも指摘されているように、哺乳類や大型鳥類等の行動圏は半径2㎞より優に大きく、計画用地とIBA・KBAの双方を利用する動物は少なくないと考えられる。例えば、計画用地は、IBA・KBA内で繁殖するチュウヒの採食地である(Senzaki et al. 2017)。また、東西のIBA・KBAを行き来する最大1万5千羽のガン類(マガン、ヒシクイ、シジュウカラガン)の飛翔ルートでもある(先崎 2012;日本野鳥の会)。そのため、計画用地への風車建設は、行動変化やバードストライク等を通して(Larsen & Guillemette 2007; Schippers et al. 2020)、隣接するIBA・KBAにおけるこれら動物の個体数減少を引き起こす可能性がある。さらに、動物の行動や生息への影響は、風車建設地よりも数百m~数㎞先にまで及び、種間相互作用や食物網にまで波及する可能性がある(Raiter et al. 2015; Thaker et al. 2018)。そのため、計画用地への風車建設は、隣接するIBA・KBAの生態系を大きく変容する危険性を孕んでいる。このような地域での風車建設は避けるべきである。
  2. 第二の問題点は、計画用地内に生息する希少・絶滅危惧動物に関する文献調査および専門家へのヒアリングが不十分で、これら動物への風車建設の影響が適切に予測・評価されていないことである。例えば、配慮書260ページの専門家等へのヒアリング結果概要では国内希少野生動植物種であるチュウヒについて触れられていないが、同種に関しては、計画用地内での生息(日本野鳥の会 2006)および繁殖成績とその影響要因(Senzaki & Yamaura 2016; Senzaki et al. 2015; 2017)が報告されている。そのため、本計画用地に関しては、計画用地内で繁殖するチュウヒに風車建設が与える影響を予測できる状態にあるが、こうした評価は全く行われていない。また、水辺に生息する重要種をはじめとした多くの動植物に対して、「重大な影響が実行可能な範囲内で出来る限り回避または低減されていると評価」しているが、その具体的な低減手法については検討されていない。計画用地には、希少種・絶滅危惧種が広く生息している。地域の生態系への影響を考慮すると、計画用地への風車建設は好ましくない。

風車建設は、生態系への負荷が極めて小さい場所で行われなければならない。なぜなら、豊かな生態系は、地域社会に様々な経済的・非経済的な価値をもたらしているからである。本事業の計画用地を含む苫東地域はこれまでも幾度か開発の危機に曝されてきた。しかし、この地域の生態系の重要性と生物多様性保全の観点から、それらの計画は撤回または凍結されてきた(添付資料)。今回の風力発電計画においても、この自然の価値を科学的に評価し、適切な判断が行われることを要望する。

 

以上

 

(仮称)苫東厚真風力発電事業計画段階環境配慮書に対する意見書 添付資料

 

1) 苫小牧東部地域での開発事業と保全に関わる略年表(石城 2015から抜粋・改変)

 

1971年 国による「苫小牧東部大規模工業基地開発基本計画」策定

1982年 国による「千歳川放水路計画」策定

1995年 「千歳川放水路計画」の見直しによる「苫小牧東部開発新計画」策定

1996年 ITER誘致計画

1999年 「千歳川放水路計画」の中止決定

2003年 北海道による「安平川河川整備計画検討委員会」設置

2007年 「安平川河川整備計画検討委員会」が原野内の950haを「河道内調整地」とすることを決定

2014年 「河道内調整地」の範囲が決定(調整地内は今後開発を免れることに)

 

2)引用・参考文献

 

環境生活部環境局生物多様性保全課(2019)北海道レッドリスト【北海道】.https://www.harp.lg.jp/opendata/dataset/697.html. (2020-06-08参照).

 

Kitazawa, M., Yamaura, Y., Senzaki, M., Kawamura, K., Hanioka, M., & Nakamura, F. (2019) An evaluation of five agricultural habitat types for openland birds: abandoned farmland can have comparative values to undisturbed wetland. Ornithological Science, 18, 3-16.

 

石城兼吉(2015)勇払原野の自然と歴史.野鳥 793:22-24.

 

国土地理院 日本全国の湿地面積変化の調査結果(表5)湿地名称ごとの湿地面積の減少・増加.https://www.gsi.go.jp/kankyochiri/list_5.html(2020-06-08参照).

 

Larsen, J. K., & Guillemette, M. (2007). Effects of wind turbines on flight behaviour of wintering common eiders: implications for habitat use and collision risk. Journal of Applied Ecology, 44, 516-522.

 

日本野鳥の会(2006)野鳥保護資料集第19集 ウトナイ湖・勇払原野保全構想報告書.(財)日本野鳥の会,東京.

 

日本野鳥の会 勇払原野保全構想に係る対象範囲南部・重要鳥類生息データベース.(2020-06-10問い合わせ・参照).

 

Raiter, K. G., Possingham, H. P., Prober, S. M., & Hobbs, R. J. (2014) Under the radar: mitigating enigmatic ecological impacts. Trends in ecology & evolution, 29, 635-644.

 

Schippers, P., Buij, R., Schotman, A., Verboom, J., van der Jeugd, H., & Jongejans, E. (2020) Mortality limits used in wind energy impact assessment underestimate impacts of wind farms on bird populations. Ecology and Evolution.

 

先崎理之(2012)胆振地方東部のガン類.みんなでマガンを数える会 25周年記念誌(pp103-106).宮島沼の会,美唄市.

 

Senzaki, M., & Yamaura, Y. (2016) Surrogate species versus landscape metric: does presence of a raptor species explain diversity of multiple taxa more than patch area? Wetlands ecology and management, 24, 427-441.

 

Senzaki, M., Yamaura, Y., & Nakamura, F. (2015) The usefulness of top predators as biodiversity surrogates indicated by the relationship between the reproductive outputs of raptors and other bird species. Biological Conservation, 191, 460-468.

 

Senzaki, M., Yamaura, Y., & Nakamura, F. (2017) Predicting off-site impacts on breeding success of the marsh harrier. The Journal of Wildlife Management, 81, 973-981.

 

Thaker, M., Zambre, A., & Bhosale, H. (2018) Wind farms have cascading impacts on ecosystems across trophic levels. Nature ecology & evolution, 2, 1854-1858.

 

 


安平川湿原の大規模フェンの保全のための要望書

2012年8月9日

北海道知事

高橋はるみ様

日本生態学会北海道地区会

 

安平川湿原の大規模フェンの保全のための要望書

 

 貴職、知事におかれては、治水・利水・河川環境保全の観点から河川を管理する立場にあって、安平川の河道内調整地を計画すると同時に、北海道の自然環境保全上きわめて重要視される生物多様性保全を図る立場にあることから、次の問題に真摯に対応していただけますよう、強く要望いたします。

 

趣旨:野生生物の生育・生息地として重要な安平川湿原の大規模フェンを将来にわたって存続させるため、河道内調整地に取り込むことを要望する。

 北海道苫小牧市の北部や東部から隣接市町にわたる低地帯は勇払地方と呼ばれるが、この地域にはラムサール条約登録湿地となったウトナイ湖など、湿原が多数存在している。北日本の低地でみられる泥炭地湿原の湿生草原は、ミズゴケが優占する強酸性で低生産性の草原(ボッグ)とスゲ属などが優占する弱酸性で高生産性の草原(フェン)からなり、これらはそれぞれ旧来の名称である高層湿原と低層湿原におおよそ対応する。また、このような低地の泥炭地湿原の南限はおおよそ青森県付近であり、それより南の地域では有機物が分解し泥炭を持たない湿原になる。
 勇払地方の湿原群の中で、安平川湿原は安平川の最下流域において、支流である勇払川との合流点から北に広がる、三角形の形に残された湿原である(図参照)。図示するように、安平川湿原に二つあるフェンのうち、道道259号線の南側に隣接する大きな方のフェン(大規模フェン)は、勇払地方の湿原群の中で最大の面積(約130 ha)を占め、北日本の中でも道東の根釧地方の湿原群を除くと最大級の大きさを有している。また、大規模フェンの現存植生は、他地域に見られない安平川湿原特有のフェン群落から構成されている(永美暢久・矢部和夫・中村太士 2010.北海道勇払地方における安平川河道閉鎖後の残存フェン群落の種組成と分布パターンの変化. 保全生態学研究, 15: 29-38)。
 安平川湿原周辺一帯にはヒメタヌキモ、イトナルコスゲ、タルマイスゲなど47種の希少植物が確認されている。さらに、鳥類については、安平川湿原を含む安平川河口付近において、チュウヒ、シマアオジやアカモズなど26種の希少鳥類が確認されている。すでに日本野鳥の会は、希少鳥類が多いことから、北海道に対して鳥獣保護区特別保護地区指定を求めているところである。以上のように、安平川湿原は、道央圏の生物多様性保全の拠点となる存在であり、わが国の生物多様性保全の観点からみても全国レベルで特記される貴重な自然である。しかし、安平川湿原についてこれまで保護策が一切講じられてこなかった。
 2011年3月の第9回安平川水系河川整備検討委員会(最終)において、北海道は、安平川湿原を含む安平川最下流域の950 haを河道内調整地(遊水域)として、自然環境を保全しながら治水に利用する計画を提案している。一方、苫小牧商工会議所など地元経済界は、苫小牧東部地域は工業専用地域であるので、自動車産業などの企業を誘致すべきであると主張している(石原健治・加藤高明、読売新聞北海道支社朝刊「地球の叫び」2008年12月18日)。
 こうした状況下において、950 haの具体的な形状は、今後開かれる地元の「安平川下流域の土地利用に関する連絡協議会」によって決定されるとされている。大規模フェンが河道内調整地からはずされ工業用地にされるならば、野生生物の良好な生育・生息地としての大きな価値を失ってしまう。従って、当該の大規模フェンを将来にわたって存続させるため、その全体を安平川の河道内調整地に組み込むことを強く要望する。 

 

■PDF版の要望書

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■安平川湿原大規模フェンとその周辺の自然をめぐる最近の動向


 【背景】

  • 千歳川放水路計画で停まっていた安平川水系の治水計画が、安平川河川整備計画検討委員会の議論を経て2003~2011年に策定された。
  • 同計画では、最下流部に遊水地(名称は「河道内調整地」)を造り、治水と苫東地域内弁天沼周辺の環境保全を両立させる画期的な治水計画。
  • 遊水地の面積は当初1500haとして公表され、その後道経済部と苫小牧市商工関係者が反発し水面下での調整で950haに縮小され、境界線線引きや平常時の利用については別途地元関係者だけによる「安平川下流部の土地利用に関する連絡協議会」(以下「協議会」)」を設けて協議する事になった。
  • 境界線線引きのポイントは、いすゞ自動車工場の南側の湿原(安平川下流部右岸の大規模フェン)の扱い。大規模フェンは国指定RDB種のチュウヒ、シマアオジ、シマクイナ等の生息地でまとまった湿生草原として評価されているが、開発側はH24供用開始の道道259号(上厚真苫小牧線)に面した南側の大規模フェンを工場用地として確保し、自動車産業を集積誘致したい意向。

 【最近の動向】

1)2012年1月25日 日本野鳥の会は本件に関し、道に要望書「苫小牧東部工業開発地域弁天地区の鳥獣保護区指定および保全について」を提出し、同地域一帯の保全を要望している。2)2012年3月 安平川河川整備計画検討委員会では、遊水地(河道内調整地)に優れた自然(湿原)を含めるように意見書をつけた。
3)2012 年7月 第1回連絡協議会開催(顔合わせ)
4)2012年8月9日 日本生態学会北海道地区会は「安平川湿原の大規模フェンの保全のための要望書」を提出。北海道新聞と苫小牧民報に記事が掲載。
5)2012年11月29日 連絡協議会幹事会が行われる。

  • 河道内調整地の形状について、大規模フェンを含めた境界案がウトナイ湖サンクチュアリ原田氏より提案。
  • 道経済部、苫東より、道道259号(上厚真苫小牧線)により利便性が高くなる場所として、大規模フェンを含む道道の南側は一定面積を確保し、今は計画がなくても将来的な工業の進展に備えておきたいという意向が示された。
  • 事務局(室蘭開発建設部治水課)より、遊水地の境界が決まってから堤防工事が着工するまでは 「土地買収、設計等を経るため、最短でも10年はかかる」、また「議論をもとに治水効果を考えて最終的に判断する」との事。

6)2013年3月27日 第2回連絡協議会幹事会開催予定。事務局より境界案が提出される予定。 


大規模林道中止要望書

資源幹線林道、平取・えりも線「様似・えりも区間」の工事中止を求める要望書

 

 緑資源幹線林道(旧、大規模林道)平取・えりも線の総延長72.1kmのうち、「様似・えりも区間」は、様似町大泉とえりも町目黒を結び、幌満川と猿留川それぞれの源流部となる日高山脈主稜線を横断する延長14.1kmの区間である。この区間は、1973年の大規模林業圏構想から発した同路線の中で、1996年の工事着手時点における自然破壊の批判によって施工されず、その後2000年まで、事業者による一時的中止と再評価の経緯をたどった。ところが、1996年以降の種々の批判に対する充分な回答がないまま、2001年から実質的な工事が着手・再開され、少しずつ進行している。

 日高南部の林道予定地一帯の生態系は、標高約700m以下の低地に位置するが、以下の点を併せて、北海道他地域に認められない、極めて高い価値を有している。 第一に、この地域の植生は、その自然度が非常に高い。針広混交林が広い面積を占め、隔離分布するゴヨウマツ林、北海道内南限のケショウヤナギ林、ならびに崖地・崖錐(風穴地)に成立する高山性植物群落も認められる。

 第二に、この地域の維管束植物相は、南北両要素が混在する特殊性がある。この植物相は、北海道では日高南部と渡島半島部に隔離分布するモミジバショウマ、日高南部に限られるコゴメウツギなど、著しい隔離分布を示す希少な温帯性植物を含んで、本州以南では連続的に分布する温帯性植物が非常に多い特徴を有している。この特徴は、氷期に北海道の温帯性植物が渡島半島部と日高南部に遺存した結果と考えられている。一方、低地にありながら、カムイコザクラ、トカチトウキ、ヒダカトリカブトなどの北海道固有植物を含む、リシリシノブ、ケショウヤナギなど希少な高山植物や北方系植物が少なくない。これらの出現は、崖地や崖錐など、この地域の地質・地形的特徴と結びついている。以上の南北両要素を合わせて、出現植物約500種の中で、絶滅危惧植物が30種以上を数える(以下にリストあり)。

 第三に、動物相も同様に豊富であり、シマフクロウ、エゾナキウサギ、6種のコウモリ類(ヒメホオヒゲコウモリ、カグヤコウモリ、ニホンテングコウモリ、ニホンコテングコウモリ、ニホンウサギコウモリ、チチブコウモリ)など、絶滅危惧種が少なくない。とりわけシマフクロウとエゾナキウサギの生息は、それぞれ自然河川と崖錐に結びついている。  本区間の林道開削は、急峻な地形が卓越する地域、かつ源流域における工事進行によって、上述のような極めて高い価値を有する生態系、車道周辺だけではなく流域全体に多大な影響を及ぼし、同時に下流域への土砂流出によって沿岸に住む人々の生活や漁業へも大きな影響を及ぼすことが危惧される。北海道林務部(1980年)による本路線に関する研究報告書において、幌満と目黒は北海道屈指の局地的多雨地域とされ、崩壊しやすい地質・地形的特徴があいまって林道予定地では土石流などの災害が生じやすい危険性が指摘されている。ところが、森林開発公団(1998年)と緑資源公団(2001年)による二つの環境影響評価書では、上述の自然の特徴は十分把握されておらず、しかも土石流など災害の影響についてまったく問題にしていない。さらに、建設後の排ガス、騒音など、車道における種々の影響についても触れられていない。

 本区間の目的について述べると、林道予定地の大半を占める道有林は、現在、伐採せずに森林の公益的機能を重視する基本方針を掲げており、本林道計画が掲げる目的とまったく合致しない。

 以上、本地域の特異かつ希少な生態系を保全するために、日本生態学会は、以下のことを要望する。

1. 平取・えりも線「様似・えりも区間」の工事を即時中止すること

2. 1にともない、平取・えりも線全体の計画を見直すこと

 

以上決議する。

2005年3月29日

第52回日本生態学会大会総会

 

本要望書「様似・えりも区間工事中止要望書」のアフターケア委員(5名)

1. 委員長 佐藤 謙 (北海学園大学) kensatoh@elsa.hokkai-s-u.ac.jp

2. 委員 紺野康夫 (帯広畜産大学) konno@obihiro.ac.jp

3. 委員 久保田康裕 (鹿児島大学) kubota@edu.kagoshima-u.ac.jp

4. 委員 石川幸男 (専修大学美唄短期大学) ishikawa@senshu-hc.ac.jp

5. 委員 柳川 久 (帯広畜産大学) yanagawa@obihiro.ac.jp 

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大規模林道平取・えりも線の「様似・えりも区間」の植物的自然について.pdf
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緑資源幹線林道、平取・えりも線「様似・えりも区間」の工事中止を求める要望書(案)

 

 緑資源幹線林道(旧、大規模林道)平取・えりも線「様似・えりも区間」は、路線総延長82.5kmのうち、様似町大泉とえりも町目黒を結び、日高山脈主稜線と道有林を横断する区間延長14.5kmとされる車道である。この車道は、古く1973年の大規模林業圏開発構想から発したものであり、とくに90年代後半において自然破壊の批判を浴びたのち、事業者は、一時的中止と再評価を経ながら種々の批判に十分回答しないまま2003年から工事に着手している。

 林道予定地を含む日高南部の植生は、標高範囲が約700m以下と比較的低いことから針広混交林を主体とするが、ほとんど自然植生からなる。また、希少群落として、隔離分布するトドハダゴヨウ林、道内南限のケショウヤナギ林、ならびに崖地・岩礫地(風穴地)におけるリシリシノブなど希少な高山植物を主体とする荒原群落が特記される。さらに、多くの森林が林床でササ類の被覆が非常に少ない特徴を示している。これは、この地域において現生あるいは化石的な崖錐が広く発達する急峻な地形的特徴と対応している。

 林道予定地周辺の維管束植物相は、少なくとも500種以上の植物からなり、30種を超える絶滅危惧植物が認められる。この植物相は、北海道において渡島半島部と隔離分布するモミジバショウマ、北海道で日高南部に限られるコゴメウツギなど、著しい隔離分布を示す希少植物を含み、温帯性植物が非常に多い特徴を有している。この特徴は、北海道の温帯性植物が氷期におけるレフュージアの渡島半島部と日高南部に遺存されたことによると考察されている。一方で、低標高地にありながら、カムイコザクラ、トカチトウキ、ヒダカトリカブトなどの北海道固有植物を含む、希少な高山植物や北方系植物が少なくなく、これらの出現は、崖地や崖錐(風穴地)など、この地域の地質・地形的特徴と結びついている。動物相も豊富であり、シマフクロウ、エゾナキウサギ、6種のコウモリ類(ヒメホオヒゲ、カグヤ、ニホンテング、ニホンコテング、ニホンウサギ、チチブ)など、絶滅が危惧される希少種が少なくない。シマフクロウとエゾナキウサギの生息は、それぞれ自然河川と崖錐(風穴地)に結びついている。林道予定地一帯の自然は、総じて、南北両要素の生物が混在する特殊性を持って自然な生態系を形成し、極めて高い価値を有している。

 この区間に関する環境影響評価書は、森林開発公団(1998年)と緑資源公団(2001年)による二つがあるが、両者とも、極めて杜撰な調査結果と影響が少ないという結論を示して、工事着手に結びつけている。例えば、植物相に関して北海道新産4種類や極めて希少な植物の出現が記録されているが、まったく評価されていない。また、北海道林務部(1980年)による本路線に関する研究報告において、幌満と目黒が北海道屈指の局地的多雨地域とされ、崩壊しやすい地質・地形的特徴があいまって林道予定地では土石流などの災害が生じやすい危険性が指摘されているにもかかわらず、上記の環境影響評価書では、この点を問題にしていない。しかも、下流域への土砂流出、排ガス、騒音などに関する影響予測もなされていない。源流域での工事がこのまま進行するならば、貴重な自然への影響だけはなく、下流域の沿岸に住む人々の生活や漁業への影響も大いに危惧される。さらに、この林道が掲げる目的は、予定地となる道有林における現在の基本方針、伐採をせず森林の有する公益的機能を重視する方針とまったく合致しない。

 従って、本学会は、本林道がすみやかに中止されることを要望する。

 

提出先

独立行政法人緑資源機構

理事長   伴  次雄  様

林野庁長官  前田 直登  様

北海道知事  高橋 はるみ 様

ファイル日付 2005年3月21日